衝撃のニュース

2019年7月18日、ダイエーに関する衝撃のニュースが飛び込んできた。

それは、ダイエー京橋店2019年9月30日をもって閉店するといった話であった。
私自身そのニュースを目にした時、驚きを隠せなかった。

潰れるはずがない。そう思い込んでいたからだ。

48歳を前に生涯を閉じることに

ダイエー京橋店は1971年11月26日に産声をあげた。
建築に携わったのは大阪に本社を置く大手建設会社、竹中工務店

大阪旗艦店として建てられた誰もが知る京橋のランドマークである。
(昔のダイエーをよく知る方には、お店のトップが“支配人”であったくらいのお店、といえば規模がわかるかと思います。)

片町線に乗り換える際も待ち合わせがしやすく、日本で一番歴史の長いドムドムがあり、夕方には女子高生が集まるクレープ売り上げ日本一のお店、ディッパーダンもある。

2016年には屋号強制変更。 2017年9月にはドムドムが美装化工事を受けた。

年季がはいっているところもあったけれど、古き良きダイエーの姿を現代に伝える素晴らしいお店である。

それをダイエーではない第三者が建てかえようものなど、考えたくもない。

再開発計画があるかもしれないけれど、そこにお店を開くのはダイエーであるべきだ。

地域との共存共栄はどこへ

2016年の屋号強制変更時の行事において地元の商店会長がこんなことを言っていたような気がする。 「これまでダイエーがやってきたことを引き継いでAさんも頑張って欲しい
ダイエーが地域と共存共栄を目指してきたのは知られた話。

一体、あの時の挨拶はなんだったのか。

電話取材を敢行

事実であってほしくない。その思いで京橋店へ電話取材を敢行した。

交換手が対応。読売新聞の朝刊に書かれていることは事実だと語った。

しかし、建て替え後がどうなるのか、といったことには明言を避けた。

なお、詳しい担当者がいるとのことで転送を依頼したが、出なかった。
やはり私と同じような考えの方からの対応に追われていたのか、それとも既に退勤していたのか…。

建て替え後は?

Aは、関西の旗艦店としたいとかなんとか言っているようである。
お店がなくなることに対して、
建て替えて綺麗になるからいいじゃない」と思っているそこのあなた。

考えが甘い!!!

ダイエーのお店はダイエーが綺麗にするべきである。
今回のは歴史の軽視であると私は思う。

一番辛いのはスタッフでは

一番辛いのは我々ファンより消費者よりも、店長をはじめとするスタッフであると私は思う。

なぜなら、過去のセレモニーの映像で君津店などの店長の辛そうな様子を見て、今年3月には横須賀店で声を震わせながら挨拶をする店長を実際に見てきたからそう思うのである。
ましてや、京橋の店長はダイエー時代から変わっていない。ダイエー出身の店長である。

京橋店の店長ともあれば、さぞ辛いのではないでしょうか。
何も言わなくとも、思うところは複雑なのではないだろうか。

なお、私自身はダイエーの消滅には断固として反対の姿勢を貫いております。

ダイエー横須賀店、閉店。

昨日2019年3月31日、20:00をもって惜しまれつつもダイエー横須賀店が閉店。
今回はそれについてレポートする。

どこから撮っても映える店

このお店は、どこから撮影しても映えるお店として知られる。 4FCFFD7A-13CC-4744-A30A-47D0174A8CA4
こんなに美しいのはマリナタウン以来の衝撃。
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メイン入口。ダイエーの匂いがプンプンする。
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ダイエーハーバーランド店のような感じに似ていると思うのは私だけ?

閉店セレモニー

今回、事前に閉店セレモニーをやると告知があった。 12分遅れでスタート。
店長から挨拶がありました。
(要約)
1991年4月24日に、三浦半島最大のショッピングセンターとしてオープン。
建物をダイエーが管理し、ショッパーズプラザ横須賀と名付けられ、オープンした。
2016年には強制屋号変更を経て、お客様に“育てて”いただいた。
お客様からいただいたエピソードを紹介する。
横須賀にやってきたのは20年前のこと。当時は小学生。
家族で夕飯を食べに行くときはウキウキ。
初めてできた友人ともやってきた。その友人とは今も続いている。
今は亡き母と映画を見た。
ダイエーでバイトを始めた友人を茶化しにもきた。
彼氏ともデートをした。
フードコートでひとり勉強もした。
子供が生まれ、3世代で来たり、子供も歩き回るように。
たくさんの思い出がある。
お店に来るたびにその思い出が浮かんでくる。
たくさんの思い出をありがとう。ずっと忘れない。
 - お客様からのエピソード 

店長はこの手紙を見たときに涙を流したという。
そして、申し訳なく思い、胸が詰まったという。
涙ながらに、お店は、お客様のためにある。と語った。
将来のことであっても、長い休みをいただき、お客様に多大なるご迷惑をおかけすること。心からおわびする。
しかし、この先長くこの場所にショッピングセンターを存在させるためには、27年前の設備から変える必要がない。(←本音が出たなw) 
2020年には新たなショッピングセンターとして、お会いしたい。
これまでの多大なるご声援、温かいご声援、ありがとうございました。
ここにいるみなさまのご健勝とご多幸をお祈りし、最後の挨拶とします。 
これにてお別れをします。ありがとうございました。 
と感謝を述べました。 

最後の挨拶

店長の大きな「ありがとうございました」の挨拶でシャッターが下ろされ、拍手で送られました。

お店は、お客様のためにある。

この言葉、ダイエーファンなら聞いたことがあるでしょう。
そう、中内㓛CEOが提唱された考え方なのです。
きっとあの時も、どこか高いところから見ていたことでしょう。
店長はダイエー出身。会社の都合でピンクの看板を掲げ、ピンクの考え方でお店をやりくりし、ピンクの名札をつけることになっても、中内イズムは忘れていませんでした。
私は分かっていたので、このフレーズを聞いたときに涙が溢れました。
どこまでも、For the Customers。お客様第一なんてあたりまえ。
お客様のために何ができるのかが一番大切なのです。

最後に

今回はほとんど手作りのセレモニーでした。音響だけどこかに頼んだっぽいけれど。
20:00から閉店セレモニーと告知があったためか、時間通りに始まらないお客様が愚痴をこぼしていた。
他のお客様がまだ買い物していることに対して文句を言う人も。
度々スタッフがマイクでアナウンスを流していた。
しかし、「私たちだってお客様だ」という人もいた。
それはスタッフだって分かっている。
閉店セレモニーたるもの、お客様が全員出てこないと始まらない。ましてや、時間通りにならないことなんてしょっちゅう。

いいですか。普通のお客様なんていないのです。
自分の普通を他人に押し付けることはやめてください。
普通なんて曖昧な物差しで人を測ってはなりません。
それは周りを見ていないと同時に、「私は自分勝手な人間です」と周りに言っているようなものです。
スタッフだって頑張っているのです。どうか、温かい目で見守ってあげてください
お店があることに感謝しましょう。 

現地ガイドとともにダイエー関連施設を視察

さあお待たせしました。ようやく3日目です。
3日目は祇園駅にてベビチャアシマネ氏(@uneeddaiei)と待ち合わせ。
待ち合わせた後にユニード本店近くにあるキャナルシティOPAへ。

ここは元々OPAではなかった!?

元々キャナルシティOPAだったわけではなく、メガバンドールというトポスとKOU'sの間をとったようなディスカウント店だったようなのです。しかも今のOPAのところはすべてダイエー直営売り場(メガバンドール)だったというのですから驚きです。
ハード中心に取り扱い、食品の扱いはなかったそうです。
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これはしれっと貼られていたものですが、なにやらダイエーチックな雰囲気が。
さ、OPAを見ていきましょうか。
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やはりOPAはこのロゴでないと。今のは素っ気ないししっくりこない。
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見てくださいこれ。ショッピングセンター内に運河があるなんてなかなかないですよ。
今年で23年目を迎えるらしいですが、まだまだ色褪せない。
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地元のアイドルとかが来そうなステージ。福岡版千里セルシーのように見える。
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そのステージの裏はホテル。しかもガラス張り。なんという特等席。
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これはダイエー時代からあったそうです。
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設置者は福岡シティ銀行系のディベロッパー。福岡の商業界では有名??

ベビチャアシマネ氏から色々教わる

ベビチャアシマネ氏、ご自身で書かれているのでここでも書きますが、元々ダイエーグループの中の人であったそうです。
なんと、阪神淡路大震災当時も神戸に向かったとかなんとか。
私自身、震災当時のダイエーの動きを知る人に会ってみたかったのですごくワクワクしておりました。
現地で実際に中内CEOが陣頭指揮を取られていたこと。
明かりをつけろと指示を出したこと。
CEO自身、``お客''という言い方を非常に嫌っていたこと。(``お客様''という)
ダイエーグループのちかいの正しい唱和の方法、オレンジパッケージなどなど…。
キャナルシティの某Mなファストフード店で小一時間ぐらいお話をしました。
20年前に現役の中の人だった方と20代前半の私とが話があってしまう不思議。
お時間がきたようで、二人で次の目的地へ移動。

福岡きたらここに行かないと。

福岡でダイエーといえばやっぱり福岡ドームに行かないと。 27AA22F6-3FE9-44C3-9D50-696DEB866952
これはそのお隣にあるシーホーク。
元々ダイエーグループのホークスタウン運営のホテル。
(当時、周囲から「こんなもの作れるはずがない」といわれていたそう。だがそこはダイエー。やりました。) 
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やはり大きい。そしてかっこいい。
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これはホークスタウンの名残。 
中へ入る。
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もうどう見てもダイエー感。
ホークスタウンが出来た頃はほとんどのスタッフがダイエーからやってきたとベビチャアシマネ氏。
そりゃあダイエーのエッセンスが入りますわ。
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ここにもありました。
中内CEO直筆のパネル。
野球でも、For the Customers。ダイエーグループの合言葉。
パネル付近に警備員が立っていましたが、あの方はこのパネルを書かれた方、そしてなぜこの言葉が書かれているのか、知っているのでしょうか…。
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これは中内CEOの次男、中内正さん(福岡事業の総責任者だった方)の手だそうです。
(どこにも書いてないよ)
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こう見てもさすが。日本一デカイドーム球場。(地上7階建相当)
この日は翌日の星野源のライブの準備をしていたらしく、関係者しかおりませんでした。 
そしてドームの隣には新たなビルが建設中。念願のツインドーム構想実現か。
ここでベビチャアシマネ氏とはお別れ。
私はまだまだドームを歩く。

掘り出し物!!

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株式会社福岡ダイエーリアルエステート。施設を保有していた会社のよう。
ここも前株。徹底されていますなぁ。
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ホークスは``福岡移転30周年''を迎えました。と書いてある。
元々は福岡発祥ではないんだよということを伝えている。
ダイエーホークス時代からの通算。無敵の若鷹軍団は、これからも。

行先は姪浜

できる限り多くの方と会っておきたく、姪浜へ。
ここでこぞの氏(@0402_zn)と待ち合わせ。
向かった先は… 
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!!?
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こちら。福岡のアメリカ、マリナタウン。
店内を歩き回り、しばらくしてから解散。

おまけ。

荷物を回収し、帰りの新幹線の時間に間に合うように博多駅へ、と思っていたところ、1時間以上も早く着いてしまいました。
そこで、博多駅前をぶらり。
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大阪府がフェアか何かをやっていました。
これは大阪府の広報担当副知事を務めるやきt(((、もずやんです。
写真を撮り、握手をし、また移動。
そのあとは無事に新幹線に乗り、大阪へ帰還。
楽しかった福岡旅行3日間はあっという間でした。

最後に

今回の旅でお会いいただきました方、お忙しいところ時間を割いていただきましてありがとうございます。
次はいつ行けるかな、といいたいところなのですがなんともわかりません。
私事ながら、先日無事に大学を卒業いたしまして、春からは東へ向かいます。
東でもダイエー視察は続けますのでその際はまたよろしくお願い致します。

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