お詫び
管理人の多忙により記事の執筆・公開が大変遅くなってしまったことをお詫び申し上げます。ダイエーいちかわコルトンプラザ店、惜しまれつつ閉鎖
去る2025年8月31日、千葉県市川市にあるダイエーいちかわコルトンプラザ店が閉鎖。今回は閉鎖日の様子についてレポートする。
(閉店ではなく「閉鎖」としたのは、実はこの表記の方が正しいからである。)
プランタン由来だけど最後まで直営だったお店
ダイエーいちかわコルトンプラザ店は1988年11月25日、ダイエーの百貨店業態「いちかわプランタン」として開業。当初はダイエーとプランタンの2業態をオープンする計画だったようだが、紆余曲折あり今の形に落ち着いたようだ。
入店する「ニッケコルトンプラザ」開業当初から核店舗としてあり続けたお店である。
株式会社プランタン北海道や、株式会社プランタン神戸、株式会社プランタンデパート甲子園、など店舗単位で会社が作られたりする中、いちかわプランタンは開業当初から株式会社ダイエーの運営だったお店。
塔屋にもプランタン時代のロゴがうっすらと残っていた。

なお、某写真集にオープン当時の写真が残っているが、その写真が撮られた場所を特定してきた。

CEOが店長と話をしている写真はこの位置で撮られていると思われる。
中央のシャッターの柱が完全に一致する。

CEOから繁栄の鍵(Key)を授与される様子の写真はおそらくここから。
少し後ろかもしれないが、エアコンの位置と柱の位置が一致する。
また、店内のあちこちで閉店に向けての特別な装飾も。


この「売りつくし」の幕、ダイエーの標準としては「黄色地に黒字」の認識だが、ここからなのか、「オレンジ色」が背景色に使われている。
このオレンジ色、少し色が濃いが、ダイエーでオレンジ色を使うということは「わかっていない」とできないことである。

特別につくられた風船も「オレンジ色」
どこまでもダイエーでありたかった、という思いが垣間見える。
そして、お客様の声も惜しむ声が多かった。

関西から関東に来てダイエーで買い物できるのが嬉しかった、という声。

3代目のロゴマークとともに感謝を伝えるもの。

ダイエーから変わってしまうのを残念に思う声。

ダイエーならではの楽しさがある。あの店はどこも同じ。という声。同感である。

開業当時から働いている方もいるようだ。おそらくアクティブさんかな。
(ダイエーはアクティブさんの勤続年数が長いことが特徴)

「あなたも私も生きている」から始まるもの。これはダイエーの「愛唱歌」である「ダイエーの仲間」である。
かつては入社式でも歌われるくらいだったので、書いた人はダイエーマンなのかもしれない。
このほかにも惜しむ声など、お客様の声が本当にたくさん。愛されているお店だと感じた。
接客応対のレベルが高いお店だった
ダイエーのいくつかの店舗で、経済産業省がつくった認証「おもてなし規格認証」を取得しているが、そのいくつかの店舗の一つがここ「いちかわコルトンプラザ店」だったのだ。

この「金認証」を取得しているお店に行くと、本当に従業員のレベルが高いのだ。
社員だけでなく、アルバイトも。
私がここで見かけたのが、セミセルフレジで商品の登録をした後、精算機へお客様を案内した後に必ず「ありがとうございます」とお辞儀をする男性従業員。
観察していても全員にやっており、駐車券の対応もとても丁寧。
「For the Customers」は、言葉として言われていなくても、魂としては生きているように感じられた。
閉店セレモニー
閉店時間はかなり遅めの20時30分。だが時間通りにいかないのがいつもの話。
ただ、今回は店内で「セレモニーは20時40分から」と告知がされていたようだった。
20時35分頃、従業員達で記念写真を撮影。
そして20時40分、閉店セレモニーが始まった。
登壇者はいちかわコルトンプラザ店の店長、熊瀬川さん。
今回も、ここに挨拶の全文を掲載する。
本日は、ダイエーいちかわコルトンプラザ店の最終営業日に、多数ご来店いただき、ありがとうございます。ここで従業員一同からも「ありがとうございました!」と声が上がる。
1988年11月25日、オープン以来、36年と279日の営業、ただいまをもちまして終了いたします。
37年間、長きにわたり、ご愛顧いただき、本当にありがとうございました。
店長は深く一礼をする。
そして挨拶は続く。
閉店を発表してから、本日まで、3,316通の、たくさんのお声をいただき、大変感謝しております。こうして、お客様からの声を読み上げ始めた。
その中には、それぞれの、かけがえのない、たくさんの思い出が詰まっており、胸を打たれるものばかりでした。
切なくとも、温かい思い出もありました。
私が幼い頃、今は亡き母に連れられて行った時の、母の笑顔を今でも思い出します。
店長は続ける。
また、こんな思い出も頂戴しました。
15年前、結婚前の旦那と、初めて大喧嘩をしたのがこのお店で、今でも夫婦で来るたびに、笑いながらその話をする、二人にとっては大切な思い出の場所でした。買い物客からは笑いが起きていたが、こういう思い出もありなのかも。
店長は続ける。
本当に数多くのお客様の思い出の中にいれたこと、感謝しております。買い物客からは拍手が起きた。
本日で、ダイエーいちかわコルトンプラザ店は閉店いたしますが、この「ニッケコルトンプラザ」は、地域の皆様を何よりも一番に考え、地域の皆様と生活とともに、あり続けています。
是非とも、今後も、たくさんの良き思い出を、この「ニッケコルトンプラザ店」で作り上げていただくことを、祈っております。
本当に37年間、長きにわたり、ご愛顧いただきまして、誠に、ありがとうございました。
店長の本当に最後の挨拶。
以上をもちまして、閉店いたします。従業員一同は続けて、「ありがとうございました!!」と挨拶をし、セレモニーは締めくくられた。
最後は全員で、笑顔で挨拶をさせていただきたいと思います。
本当にありがとうございました。
ある買い物客から、「ダイエーは不滅!!」との声も上がっていた。
それだけ、市川市、そしてその周辺の方々からは「コルトンプラザといえばダイエー」と思われ続け、愛されてきたのだろう。
まとめ
文章の都合上カットしたが、実は店内のサイネージで特別な映像が流れていた。そこではCEOが写る写真を使い、店長が挨拶をしていた。
やはり、ダイエーとしてあり続けたかったのだろう。
あの看板に変えられてしまうのをよく思っていないのがなんとなくわかった。
言葉には出さなくとも、わかるものはわかるのだ。
おまけの話
実は、閉店後に駐輪場で、ダイエーの塔屋を背景に写真を撮っている若者達がいた。「ちゃんと入るかなあ」と言いながら、無くなるのを惜しむように写真を撮っていた。
きっと、CEOがいたら喜ぶだろうなあ、という光景。
若い人たちにとっても、ダイエーは思い出のお店。
ダイエーがこれからもお客様に愛され続けるよう願うばかりである。